太極武藝館


太極武藝館脱力を考える




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「脱力」には、重要な問題点がある


 このように考えてみると、「脱力」は、武術に於いてたいへん効率的な身体の操作法であるかのように思われてきます。しかし、物理学の観点からみると、「脱力」には以下のように、大きく4つの「重要な問題点」が浮かび上がってきます。

物理学的に観た「脱力」の4つの問題点とは、

 (イ) エネルギーをためる時間が必要であること。

 (ロ) 短い時間の中では、早く動けないこと。

 (ハ) 運動エネルギーに変換されるまでに、ある程度時間が必要であること。

 (ニ) 自分より上方に向かっては、強い力が出せないこと。



 まず、(イ)エネルギーをためる時間が必要であること。について説明しましょう。
このことは、力学的エネルギー保存の法則の章を参考にしていただけると分かりやすいのですが、「脱力」による相手への影響力は、はじめの「位置エネルギー(重心の高さ)」によって決まってしまうのです。
 そのため、「脱力」では、はじめに持っていた位置エネルギーを使ってしまうと、
再び位置エネルギーを溜めるための時間が必要になってくるのです。





 次に(ロ)短い時間の中では、早く動けないこと。についてです。
「脱力」は、重力を利用する術理ですが、実は、
重力を利用すると、物体は「自由落下」以上の速さを生み出すことはできない
のです。

  式(3)(等加速度直線運動の章)を用いて説明すると、初速度を v= 0[m/s] とすると、重心の速度 v 時間を t[s] 、また、筋肉の緊張によるエネルギー損失などを考慮すると、

v ≦ 9.8t [m/s]

                         ・・と表すことができます。

 こうすると、イメージが難しいかもしれませんが、脱力で起こった運動の、0.1秒後 ・ 0.5秒後 ・ 1秒後の速さについて考えてみると、それぞれ、0.98[m/s](人が歩く程度)、 4.9[m/s](軽くジョギングする程度)、そして9.8[m/s](100メートルを9.8秒で疾走する速さ)になります。




 こうしてみると、「脱力」は、時間さえあればかなりの速さになるが、短い時間の中ではあまり早くは動けない、という特徴があることがわかります。
 すなわち、武術で相手と向かい合っている場面では、当然のことながら、加速するのにあまり長い時間を費やすことができないため、「脱力」の原理を用いて瞬時に動くことは、物理的にほとんど不可能であるということができます。


 (ハ)運動エネルギーに変換されるまでに、ある程度時間が必要であること。については、これは(ロ)と関係しているのですが、式(9)(運動エネルギーの章)のように、運動エネルギーは速度の二乗に比例しています。このため、速度が速くないと相手への影響力は少なくなってしまうのです。

 (ロ)で述べたように、「脱力」の原理では、すぐに早く動くことはできないため、「位置エネルギー」をすばやく「運動エネルギー」に変えることができません。
つまり、「脱力」では、短い時間では相手に対して強い影響力を持つことができないのです。




 最後の(ニ)自分より上方に向かっては、強い力が出せないこと。についてですが、これは「重力」を用いているために、当然起こることなのです。
 重力は地面に対して鉛直下向きに働いているために、「脱力」の原理では、自分より上の方向には力を出すことはできない、ということです。
 そのため、「脱力」の原理で行われるチカラの方向は下向きが主体となり、武術として見るとバリエーションが少なく、技撃動作も限定されてしまうと思われます。




 以上、四つの問題点を説明しましたが、イラストのようなモデルを参考にしていただくと非常にわかりやすいかと思います。

 このように、「脱力」の原理を物理学的に説明してきましたが、上述の四つの問題点は、「脱力」をベースにして身体を操作すると必然的に起こりうる現象であり、この地球上で武術をやっている限り、たとえどのような他の操作を加えても、決してそれを避けることはできません。

 確かに「重力」を武術的に利用することにはそれなりのメリットもあり、「単純に筋肉を用いてチカラを発する」という発想に対しては一石を投じ得るかもしれませんが、実は「脱力」には、ここで述べてきた問題以外にも、まだまだ多くのデメリットが考えられ、「筋力を用いる」という発想に取って代わるような武術的身体操作には、なかなか成り得ないような武術理論であると思われます。


* * * * * * 



 さて、如何だったでしょうか?
 物理学を習ったことがない人には、少々難しい内容になってしまったかもしれませんが、少なくとも、武術的に観た「脱力」への物理的アプローチによるイメージは、どなたにも捉えて頂くことができたと思います。

 ただ、繰り返し申し上げますが、「人間」というものは、単に物理の力学で捉えるにはあまりにも複雑であり、たいへん奥の深い、「存在」という名の神秘であると、私は考えています。
 科学や物理学に興味を持つことは大変すばらしい事ですが、単純に、人間の身体を力学のみで量ってすべてを理解したような気になってしまい、武術を愛する皆さんご自身の、更なる自由な発想や創造性を阻害してしまう、などということにならないように、心から願ってやみません。


 最後までおつきあい頂き、有り難うございました。
それではまた、次回の「よくわかる武術の物理学」で
お会いしましょう。
See You Again !!

(2004年8月・寄稿)


ー Dr. Buddy Will Return ー

In


ー「武術を科学する」次回予告!ー
「 居 着 き を 科 学 す る 」 


武術では、足は踏むのか?、踏まないのか?
踏んでしまう足、踏まない足とは、どのようなことなのか?
しっかりと立っていることは、良いのか?、悪いのか?
地面は蹴るのか?、それとも蹴ってはならないのか?
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