太極武藝館


太極武藝館居着きを科学する


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足裏の「居着き」


 次に「足裏の居着き」について考えていきたいと思います。
 足裏は地面に接地しているので、物理的に「居着き」を解析していくには非常に重要なポイントとなります。

 「物理の基礎知識」の項の ZMP(ゼロモーメントポイント)についてはご理解頂けたでしょうか。ここからは ZMP が理解されていることが前提となりますので、もし ZMP がよくお分かりにならない場合は、もう一度「物理の基礎知識」をよくお読み下さい。

 さて、足裏に限定して考えると、「居着き」の生じてしまう要因は大きく分けてふたつ挙げられます。

 ひとつ目は、足裏における ZMP の位置による居着きです。
 立っている状態から前方に移動するとき、足裏はどのようになっているでしょうか。感覚的には ZMP をつま先に移動させつま先で蹴るのが速いと思う方もいるかもしれませんね。

しかし、理論上前方に移動するときには、ZMP は後ろにある方が速い前進運動を行うことができます。つまり、つま先で蹴らなければ蹴らないほど速く加速することができるのです。(図1.参照

 もし、前方移動の初めの段階でつま先を使ってしまうと、足首周りには後方へのモーメントが発生してしまうために、重心の前方への運動を阻害してしまいます。足首は人体の構造上、踵寄りについているため、足首の前方へのトルクはほとんど期待できず、逆に阻害することの方が多くなるのです。

二つ目は、つま先における『蹴り』についてです。
 私はよく町中を歩いている人の身体運動を観察するのですが、そのほとんどの人が、踵→つま先の順で地面に着き、踵→つま先の順に地面から離れています。(別にこれがNGと言うわけではありませんよ)

 これは、「つま先における蹴り動作」によって起こっています。ほとんどの人がそうしているということは、おそらく物理的に効率が良いからではないでしょうか。




 では、このことを物理的に解析してみましょう。
 踵→つま先と着いて、踵→つま先の順に離れるということは、「つま先による蹴り動作」によって、初めは足首回転を中心とした重心運動であったものが、徐々につま先回転へと移行していったと見ることができます。





 なぜ、このように「回転軸の移行」を行うのでしょうか?
 蹴り動作の無い歩行と比較しながら考えてみることにしましょう。
 
「蹴り動作ナシ」の歩行では、つま先への回転軸の移行はなく、足首回転を中心とした重心運動のまま支持脚の切り替えが起こります。すると、支持脚切り替え時における最終の速度ベクトルの下向き成分が大きくなっているため、支持脚切り替え時における角運動量損失が大きくなってしまいます。
 これは、大変エネルギー効率の悪い歩き方であるといえます。




 また、「蹴り動作アリ」の歩行では、初め足首回転中心であったものが、重心が支持脚足首を越えたときに、つま先での蹴り動作を行うことによって足首の回転を停止させ、それによって踵が上がり、つま先を中心としたつま先回転へと移行しています。その結果、重心の速度ベクトルはほとんど水平方向のみとなり、支持脚交換時における角運動量の損失をかなり少なくすることができます。




 これだけを考えてみると、つま先における蹴り動作は使い方によっては物理的には有効であると言えます。しかし、蹴り動作の有無は、まだ他のメリット、デメリットを持っているのです。

 第一は、「蹴り動作アリ」の歩行の方が無駄なエネルギーの損失なく歩く事が出来る、ということです
 こう言ってしまうと、今までの話が全部無駄になってしまうようですが、普通の人が生まれてからずっと、何の疑問もなく「蹴り動作アリ」の歩行を受け入れ続けて、それをベースにして武術を修練しているのだとしたら、当然その動きは一般的・日常的動作を離れる事はなく、どちらがスピードやパワーで勝っているかと言う単純な競い合いになってしまいます。
 たとえば、100m走でいくらタイムが速くても、それが武術的に使えるかと言えば、甚だ疑問と言わざるを得ません。物体が速く運動出来るということは、武術的に速いということとイコールではないからです。

 第二は、「最小角運動量」についてです。最小角運動量とは、重心が足首の真上に来たときの角運動量のことです。これを考えてみると、これらのメリット、デメリットがよく分かります。

 歩行について考えるとき、例えば今、i歩目における最小角運動量をLmin(i)、i+1歩目における最小角運動量をLmin(i+1)とすると、Lmin(i)Lmin(i+1)の関係は図を見ると分かるように、蹴り動作のない歩行においてはA点に収束し、蹴り動作のある歩行においてはB点に収束しています。



 このことから、

(1)

蹴り動作のある歩行の方が定常状態になったときの歩行速度は、

蹴り動作のない場合より速い。

(2)

蹴り動作のない歩行の方が定常歩行(動き始めて一定の速度になったときの歩行)

になるまでの時間が速い。


というふたつのことがわかります。

 また次の図は、歩幅fと、Lmin(i+1)との関係なのですが、図をみると明らかなように、歩幅が大きくなればなるほど、i+1歩目の最小角運動量が急速に減少していることがわかります。
 言い換えると、
歩幅の大きな歩行においては、蹴り動作が重要になってくる ということです。
「つま先による蹴り動作」を使って歩いている人が多いのはそのためでしょう。



「蹴り動作あり」と「蹴り動作なし」の歩行におけるメリット、デメリット


メリット
デメリット
蹴り動作あり
歩幅を広くすることができる歩行におけるエネルギー効率がよい
定常歩行になるまでの時間が
遅い
蹴り動作なし
定常歩行になるまでの時間が
早い
歩幅が狭い
定常速度が遅い



 「蹴り動作の重要性」は非常に興味深いものです。
 なぜなら、中国武術や日本古流武術には「平起平落」、「無足の法」など、蹴らない、あるいは回転軸を爪先に移行しない歩行を体系的に訓練する門派が現在も存在しているからです。

さて、このように足裏と重心との関係について考えてみると、「蹴り動作のない歩行」は定常歩行になるまでの時間が早いということを除けば、蹴り動作のある歩行のほうが有利な点が多いといえます。
 では、何故わざわざこのようなことをするのでしょうか。

 それは、定常歩行になるまでの時間が早いということを最大限利用するためということも考えられますが、「蹴り動作なし」の歩行によるエネルギー効率の悪さを考えると、ただそれだけのために「蹴り動作」の利点を犠牲にするのは、私にはかなり無理があるように思われます。前述したように、「蹴り動作」を行わないということはエネルギー効率の点から見ても、かなり身体にとって窮屈な操作であるからです。
 それをわざわざ意識的に行うのですから、当然「蹴らない動作」にはまだほかにも魅力的なメリットがあるはずです。


 そこで、「人体が持つエネルギー」という観点から、それについて考えてみました。

一般的には、

【人体が持っているエネルギー】=【重心の位置エネルギー】+【重心の運動エネルギー】

・・と言われていますが、この考え方では、重力による位置エネルギーと地面を蹴る単純な筋肉作用が動きの動力源になっています。
 しかし、太極武藝館のホームページの稽古風景写真を見て頂ければお分かりになるように、もし人体が持っているエネルギーが上述の式によって表されるのであれば、「棒立ち」の人間がそのまま相手を吹っ飛ばすということは理論上不可能になってしまいます。
 なぜなら、人体の重心の高さと運動速度によってその人のエネルギーが決定されるために、棒立ちのままでは相手を吹っ飛ばすための重心の位置エネルギーや重心の運動エネルギーを創りだすことができないからです。

 そこで、さらにこの式に【弾性エネルギー】を追加して、

【人体が持っているエネルギー】=
      【重心の位置エネルギー】+【重心の運動エネルギー】+【弾性エネルギー】


・ ・と考えてみたらどうでしょうか。

 ちなみに、【弾性エネルギー】とは、バネや弓が持つエネルギーのことです(「物理の基礎知識」参照)。陳氏太極拳の「八種の練法」のひとつにも『弾性運動』というものが在りますね。

 「物理の基礎知識」でも述べましたが、人が走っているときには筋・骨格系には弾性エネルギーとして25〜50%ものエネルギーが蓄えられ再利用されています。
 このように、人体が持っているエネルギーの中に「弾性エネルギー」を加えてみると、稽古風景写真の訓練の意味が分かり易くなるでしょうし、その謎が解けるのではないでしょうか。

 さらに、「蹴らない動作」というものが、この弾性エネルギーを使えるようにするために必要なものであるとしたら・・
 居着く、居着かないという現象に深く関わっているのが、この弾性エネルギーであるとしたら・・・

・・貴方はどのようにお考えでしょうか?


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