太極武藝館




陳氏太極拳の歴史と伝承


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「三三拳譜」は趙堡にも存在した


 1932年1月、武術史研究家の唐豪は、太極拳の研究調査のため、陳子明を案内人として陳家溝の陳氏第十七世・陳椿元の家に訪れた際、様々な資料とともに、陳氏第十六世・が12年の歳月を費やして著した、『陳氏太極拳図説(原題は「陳氏太極拳図画講義」・略して「図説」と称される)』全四巻を閲覧することができた。

 「図説」は、各巻20〜30万字にも亘る、陰陽太極理論に基づく緻密な太極拳の論文であり、原稿用紙にして約三千枚にものぼる膨大な内容のものであった。
 それは後に出版される運びとなり、その内容の理解度とは別に、広く武術世界に普及して第一級の資料として知られるようになり、現在もなお太極拳の聖典のひとつとして門派を超えて読み続けられている。

唐豪

唐豪 ( Tang Hao )


 このが「図説」とは別に書き残したもののひとつに、『三三拳譜』がある。
上述の唐豪が陳椿元宅で、他の資料と同様にそれを手に取って見ようとしたとき、同行した陳子明が顔色を変えて「それは決して部外者に見せてはならない」と陳椿元に強く主張し、そのため唐豪は『三三拳譜』の序文やタイトルを写すのみに終わった、というエピソードがある。
 『三三拳譜』は、が心意拳の拳譜をもとに、太極拳の原理に則って手直しをしたものであると言われている。太極拳を本分とする陳氏が、その奥義を記したというべき「図説」を公開しながら、なぜ心意拳の拳譜である『三三拳譜』を、かくも秘密にしなければならなかったのだろうか。

 『三三拳譜』は「図説」とは違ってこれまで公開されたことはなく、その内容も一般には殆ど知られていない極秘の文書とされ、「幻の拳譜」とさえ呼ばれてきたが、松田隆智氏などによっても時折その名前が紹介されたり、戦乱時に陳立憲氏(小架伝人・陳沛山老師の父君)が襲撃を受けた際に、それを持って逃走しながらも、追っ手に奪われて世に公開されることを畏れ、一枚ずつ千切って泥沼の中に沈めた、などという秘話が日本の武術雑誌にも掲載されたこともあるので、日本の武術愛好者にもその名は知られていると思う。

 幸い、太極武藝館ではその全文を重要資料として所蔵しており、既に日本語への翻訳も終え、その内容や伝承について更なる研究を重ねているが、私たちは昨年(2005年)8月、『三三拳譜』と酷似したものが趙堡鎮にも存在していることを発見した。

 陳清萍が創始した趙堡架は、氏が伝えた「代理・領落・騰梛・忽雷」の各々の練法を得意とする四名の弟子によって個別の系統として独自に発展していったが、その内のひとつの拳譜に『三三拳譜』とほぼ一致するものが存在していることを、太極武藝館の中国班が発見したのである。
 この拳譜は趙堡では比較的よく知られているが誰が書いたものかは不明で、古い拳譜のため意味不明な文章もあるという。

 とは別系統である、陳清萍の架式を伝える趙堡鎮において、より二代も前に系統が分かれた人たちが『三三拳譜』とほぼ同じものを伝承していたことは、少なからず吾々を驚かせた。
 陳家溝と趙堡鎮でそれぞれ発展していった太極拳は、両地が地理的には大変近いにも拘わらず、太極拳の創始者や系図、及び陳清萍のとらえ方など、陳一族と趙堡太極拳では考え方が全く異なっており、趙堡鎮では趙堡架の創始者である蒋発が陳王廷に太極拳を伝えたという考え方まで存在している。
 これだけ考え方が違えば、個別の状況は別にして、技術面や拳譜等書物の交流は殆ど無かったのではないかとも考えられたのだが、その存在を知るのみで内容が秘匿されてきたの『三三拳譜』が、実は趙堡鎮にも存在していたことに大変驚かされたのである。

 或いは、当の趙堡の伝承者たちは、彼らが伝承している拳譜の一部が、実は『三三拳譜』と同じものだということに気付いているかもしれない。しかし趙堡ではこれを公言した事がないので、未だそれが陳氏が秘匿し続けた『三三拳譜』と同じものであることを知らない可能性もある。
 また、太極拳を学ぶ人間が和氏の拳譜を目にしても、そもそも『三三拳譜』を実際に見ること自体が希なので、今まで誰もそれに気づかなかったのかもしれない。

 『三三拳譜』が趙堡鎮に伝わったのか、或いは趙堡鎮の拳譜が陳一族に伝わったのか、現時点では誰にも分からないが、その昔、「炮捶陳家」と呼ばれた陳氏拳術の練法に心意拳の原理が重要な因子として導入されてきたことは確かであろう。

 いつの日か、『三三拳譜』の全文と、件の趙堡の拳譜を比してご紹介する機会があればと思う。
 この発見は、私たちの研究にとっても大変大きな意味を持つことになった。これまで私たちが想像していた事や、一般に知られている太極拳の歴史を覆してしまいかねない、大きな発見となったのである。


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